バリ島の紹介

デンパサール国際空港から10キロメートルのところにあるバリ国際会議センターの周辺には、3,000室以上の高級宿泊施設があり、国際基準を満たすホテルルーム12,000室の利用が可能です。アジア有数のビーチリゾートの会議場として有名な国際会議センターは、シアター形式で2,500名とクラスルーム形式で1,200名収容が可能です。

バリの素晴らしい海で大型船やヨットに乗ってお祝い事をしたり、600人収容のバリ・ヘイルやバウンティ・バリ・クルーズで、ディナー・クルーズを楽しみながら南海の夜を過ごしてもいいでしょう。自然と接することが目的のひとつであるならば、ブドウ園ツアーに参加し、絵に描いたように美しいバリの山岳湖沼地帯を背景に、アットホームな会合を行なうことも出来ます。

ローカル料理の香りがただよってくる屋台が集まる夜の屋外マーケットで、組織にとって心に残るパーティーを仲間と行ない、素晴らしいダンスと音楽のパフォーマンスに酔いしれるのもいいでしょう。

バリの人口は300万人以上で、37万人がバリ州の州都デンパサールの海岸地域で暮らしています。豊かで活力のある文化的伝統のあるバリは、美しいビーチや素晴らしい火山クレーター、壮麗な棚田、活発なアート・シーンに囲まれたリラックスした環境があることから、MICEイベント用に好んで選ばれる地となっています。

MICEの主催者からは、国際会議用の施設、国際水準のホテル、美味しい料理に加え、さまざまなレクリエーション活動が可能な点が気に入られているようです。オプションとして山岳地サイクリング、乗馬、象のサファリ、ペイントボール大会、自分で運転して行くドライブ・ツアーや、個人で雇ったドライバーやガイドと共に行く探検などを行なうことも出来ます。

アーティストや工芸職人は、インスピレーションや感情表現に満ちた素晴らしい芸術作品を製作して、アート・シーンを活性化しています。魅力的な芸術作品を展示しているアート・ギャラリーや、チャーミングな手工芸品が、世界中からやって来た観光客を引きつけています。毎日上演されている有名なバリ・ダンスは、エンターテイメントの催しを探しているMICE主催者にとっては、見る価値があります。
MICEの可能性が無限大に存在するバリは、フォーマルな会合であれ、仲間と羽を伸ばす休暇であれ、MICEを計画している方にとって理想的な環境といえるでしょう。

 

バリ島には、氷河期(先史時代)から現代まで続く、長い歴史があります。

先史時代の生活は非常に簡素なもので、狩猟と採集が行われていたことを示す道具や狩猟装置が発見されています。その次の時代には、建築技術や、独特の情報 伝達システムが生まれました。これらにより、バリ文化はその当時から確かに存在しており、そしてさらなる発展を遂げてきたことがわかります。こうして開花 した今日のバリ文化は、宗教、伝統、文化が見事に調和を見せており、独特のバリ社会を形成しました。

バリの最初の定住者は、鉄器時代の初めの紀元前3000年頃に中国から渡ってきたと言われています。現在も残る仏教の碑文などには9世紀のものもあります が、ジャワ島から伝えられたヒンドゥー教の影響が現れるのは11世紀に入ってからです。13世紀にはマジャパヒト王朝が台頭し、その後3世紀にわたりジャ ワとバリを統治しました。

この時代はイスラム教の到来により終結し、ジャワの貴族階級、僧侶、芸術家たちはバリへと脱出しました。これをきっかけにバリの文化は飛躍的発展を遂げ、カースト制度、様々な宗教的儀式、芸術として今日も残っています。

1597年、オランダ人船員が初めてバリに上陸しました。その後1800年、オランダが島の北部を植民地化し、長い戦いが始まりました。植民地化が進めら れる中、島民の抵抗は続き、1906年9月14日には4,000人のバリ人が降伏を拒否して集団自殺を図りました。その後も、オランダによる植民地統治は 第二次世界大戦中に日本軍が島を占領するまで続きました。

日本の支配が1942年から1945年まで続いた後、1945年8月17日にインドネシア共和国の初代大統領スカルノが独立を宣言しました。しかし第二次 大戦終結後、オランダはバリとインドネシアの再植民地化を試み、それに対抗したグスティ・ングラライ中佐率いる94名のバリ兵士は、1946年のマルガ (バリ)の戦いで全員が降伏を拒否して戦死しました。1949年になってようやくオランダはインドネシアの再植民地化を諦めました。

1965年、ジャカルタでインドネシア政府に対するクーデターが失敗に終わった後、バリ、ジャワをはじめとするインドネシア各地でインドネシア共産党 (PKI) の党員や支持者であるとされる多数の人々(多くは無実)が、右翼のスハルト将軍に雇われた民兵組織により殺害されました。10万人を超えるバリ人が殺害さ れたと言われますが、正確な数は分かっておらず、この事件は今も非公開のままです。島の各地に建つこの事件の被害者の集団墓地は、墓標が無いにもかかわら ず広く知られています。

2002年10月12日、観光客の集まるリゾート地クタで車を利用した爆破テロが発生し、外国人観光客を中心とする202名が死亡、209人が負傷しました。その3年後にもクタと近くのジンバランベイでも爆破事件が発生しています。バリ爆弾テロ事件の衝撃は甚大なものでしたが、バリ人やインドネシア政府、 そして世界中の人々はそうしたテロ行為に屈することはありません。バリはテロ事件の傷跡から回復しつつあり、現在も主要な観光地として、様々な祭りや重要 なサミットその他の各種イベントが行われています。出典: バリ島観光促進協議会、バリ観光局、テロ事件追悼サイト リメンバー・バリ

位置
17,500の島々からなるインドネシア列島の中にあるバリ島は、インドネシア共和国の33の自治体の一つをなしています。インドネシア共和国は世界最大の群島国家であり、200万 k㎡ の国土を持ちます。スマトラからパプアまで並ぶ島々は全長50万km に及び、領海は500万k㎡を超えています。

バリ島はジャワ島とロンボク島の間、南緯8~9度に位置し、北はジャワ海、南はインド洋に面しています。

面積
バリ島の面積は5,636 k㎡、インドネシア全土の 0.29% にあたります。島の全長は東西に140km 足らず、南北はほんの90kmです。

気候 年中太陽に恵まれるバリ島は熱帯モンスーン気候で、日中の気温は 20~33 度(華氏68~93度)です。

10月~3月(雨季)は、西から来るモンスーンによる激しいにわか雨が特徴で、非常に多湿です。6月~9月(乾季)は一年のうち最も雨が少なく、湿度も低 くなります。夕方はぐっと涼しく、アウトドアには最適な季節です。

 

バリの人口は3百万人を超え、島全域と、近隣のペニダ島、チュニンガン島、レンボンガン島、セランガン島、メンジャンガン島などの小島に分布しています。 バリ人の圧倒的多数がヒンドゥー教徒ですが、近隣のジャワ島、ロンボク島からのヒンドゥー教徒以外の移住が増えてきています。

南側の海岸部に人口が集中しており、37万人以上が州都デンパサールに住んでいます。バリの生活は農業を主体としてきましたが、漁業、貿易、工芸も発展しています。また、ここ数十年における急速な観光産業の成長に伴い、若い世代には新しい生活文化が形成されつつあります。

バリ社会は、村組織を中心とする共同生活に基づいており、寺院での儀式、結婚、火葬、農業だけでなく、創造的な芸術祭ですら「バンジャール」と呼ばれる共同体組織による決定に従って行われています。

宗教
インドを除けばバリは世界最大のヒンドゥー教徒の多い地域になっています。バリ人の多くはアニミズムなどの精神的な原始宗教ではなく、ヒンドゥー教を学び、ヒンドゥー教の精神を身につけています。 バリ人は自分たちの宗教をアガマ・ティルタ(「聖水の宗教」)と呼びます。これは中国、インド、ジャワから伝えられた宗教思想を混合したものであり、インドで実践されているヒンドゥー教とは違い日常生活にも取り入れられています。

言語
バリでは、バリ語(方言を含む)、インドネシア語、そしてカウィ(古代ジャワ語)の3種類の言語が使用されています。学校ではインドネシア語が用いられるため、6歳以上の子供たちはインドネシア語とバリ語のバイリンガル環境で育つことになります。英語と日本語もしばしば聞かれますが、これは日本語や英語を話す観光客が訪れることが多いためです。

政府
インドネシア共和国の元首は大統領であり、大統領は民主国家と多党制政府の長を務めます。 2004年からインドネシア大統領を務めるスシロ・バンバン・ユドヨノ氏は、初めて直接投票で選出された大統領です。バリはインドネシアの33ある自治体の一つであり、州都はデンパサールです。

経済はバリの最も人口の多い島南部に集中しており、最大の産業である農業を除けば、ホテル業や旅行業界などのサービス産業が主流です。

また、織物や衣料品、手工芸品、土産物といった小規模な家内制産業も多く見られます。この分野を含めてバリの労働者人口は20万人以上と言われ、輸出は6.7%増加(2006年8月~2007年8月のデータによる)し、約3億8千万ドルに達しています。

外貨獲得源としては、織物・衣料品が約 27.4% を占め、彫像、家具、手工芸品などの木工製品が18.2%となっています。これに続く銀細工は4500名の労働者を擁し、全体の0.41%を占め、アメリカ、ヨーロッパ、日本などを対象に輸出をしています。

農業製品では、最近重要性を増してきている米のほかに野菜、果物、コーヒー、コプラ、バニラ、大豆、チリが生産されています。また最近では北側の沿岸部にブドウ園も見られるようになりました。一方で、魚介類や海藻品も輸出品として重要な地位を占めています。バリの人々は、専門技能が必要とされるグローバル化時代に見事に順応しているのです。

主な経済統計

2006年域内総生産(GRDP)

40億6,200万米ドル

2000年基準の実質値

24億11 00万ドル

一人あたり支出

508 ドル

国民総生産ランキング

(インドネシア) 158位*

年間成長率(%)

6.11%

消費者物価上昇率

5.91% (2006年)


*資料: CIA ワールド・ファクトブック、
その他のデータは全てスタティスティクス・インドネシア より

対外貿易(2006年)

総輸出額

2億9860万ドル

総輸入額

2780万ドル

 貿易収支

2億7080万ドル 


出典: バリ統計書 / バリ・イン・フィギュア2007

おもな貿易相手国
アメリカ合衆国、シンガポール共和国、オーストラリア、日本、中華人民共和国、イギリス

2006年の雇用率
6.04%

旅の基本情報

飛行機で:
バリのングラライ国際空港(デンパサール空港)は、インドネシアの主要な玄関口として観光客によく利用されており、国営のガルーダ・インドネシア航空の拠点となっています。ガルーダ・インドネシア航空の国際便、国内便が発着するほか、12の外国航空会社が定期便およびチャーター便を乗り入れています。 この国際空港は島の南側に位置し、リゾート地クタ、ヌサドゥア、サヌールにも近接しています。

シンガポールからは、ガルーダ・インドネシア航空やシンガポール航空が毎日直行便を運航しています。クアラルンプール (マレーシア) からはマレーシア航空とガルーダ航空が、香港からはガルーダ航空とキャセイパシフィック航空が、それぞれ直行便を運航しています。バンコクからはタイ国際航空とカンタス航空がバリ行き直行便を運航しています。また、ロイヤルブルネイ航空はバンダルスリベガワンからバリ島へ運航しています。

パリからはUTAフランス航空が直行便を運航しているほか、アムステルダムからはKLMオランダ航空でメダン経由の渡航が可能です。日本および台湾からはガルーダ航空が利用できます。オーストラリアではパース、シドニー、メルボルン、ケアンズ、アデレードからガルーダ航空とカンタス航空が運航しています。米国では、ガルーダ・インドネシア航空がロサンゼルス- ホノルル - ビアク - バリ航路を就航しています。

バリからその他の東方・北方地方へのフィーダーサービスもあり、ウジュン・パンダン (トラジャへの玄関口) や、東方・ロンボク島のヌサトゥンガラ、そしてさらに奥地まで、毎日運航しています。ガルーダ航空は、バリとジャカルタ、ジョグジャカルタを結ぶ便を毎日数便運航しています。センパティ航空は、ジャカルタ、ジョグジャ、ソロ、スマラン、スラバヤ、ウジュン・パンダンからバリ行きに就航しています。

陸路で(ジャワから):
ジャワからの陸上交通は、鉄道も道路もバニュワンギまでとなり、ここからは終日運航のフェリーサービスを利用することになります。フェリーは車と乗客を乗せて海峡を渡り、バリのギリマヌクまで運びます。ギリマヌクからはバスでデンパサールまで行けます。

海路で:
バリには4つの港湾があり、このうち2港が国際クルーズ船や帆船に利用されています。一方のブノア港はより空港に近い小さな港ですが、他方のパダンバイ港にはより大きな豪華クルーズ船が寄港します。

フェリーサービスが一日2回ロンボクのレンバル港とパダンバイを結ぶほか、ブノア港からレンバルへは水中翼船が運航しています。

バリ島の北側沿岸では、シガラジャ湾にブギス族のスクーナーやジャワとバリ北部を結ぶ小型船舶が寄港します。

電圧:
バリの電圧は220 V、周波数は50 Hz、コンセントは丸ピン2本型です。アダプターと変圧器は大手のホテルでは入手可能ですが、店では手に入りにくいかもしれません。

通貨および両替:
現地通貨はインドネシア・ルピアです。(「Rp」または「IDR」).
為替レート:
USD 1 =9,017 IDR
1,000 IDR = 9.03 円
(2011年2月現在)

(為替レートは変動します。上記の数値は参考のための目安です。)

時差:
グリニッジ標準時+8時間

国番号:
62

税関:
インドネシアの法令により、旅行客は武器、違法薬物、わいせつ文書を国内へ持ち込むことを禁止されています。罰則は厳しく、武器や薬物を持ち込んだ場合は死刑が適用されることもあります。持込みが許可されているものは、2ℓ以下のアルコール、たばこ200本、葉巻50本または煙草の葉100g、香水少量となります。到着時、旅行客は税関審査を通過するために署名済みの税関申告書の提出が求められます。
べっ甲、ワニ革、象牙などの特定の製品を輸出することは禁じられています。生きた動物の輸出には通常許可が必要です。

パスポートその他の必要書類:
パスポートの残存有効期間が到着の日から6ヶ月に満たない場合、入国を拒否されることがあります。 観光ビザで入国する場合は、復路または次の目的地に向けた出国チケットを提示して旅程を示すことが求められます。

ビザ:
ブルネイ、チリ、香港、マカオ、マレーシア、モロッコ、ペルー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナムのパスポート保持者は査証免除で30日間(延長不可)の滞在が可能です。

アルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、カナダ、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、ハンガリー、イタリア、日本、ニュージーランド、ノルウェー、ポーランド、南アフリカ、韓国、スイス、台湾、アラブ首長国連邦、英国、米国のパスポート保持者は到着時に10ドルまたは25ドルを支払って、それぞれ3日、30日の観光ビザ(延長不可)を取得することができます。

その他の国のパスポート保持者および上記の各国から観光以外の目的で入国する場合は、到着に先立ってインドネシア在外公館において適切なインドネシアビザを取得する必要があります。この種のビザは通常1ヶ月~2ヶ月ですが、インドネシア国内で最長で6ヶ月まで延長が可能です。例えば、ソーシャルビザは、6ヶ月まで延長できますが、延長にあたってはインドネシア滞在理由を文書で提出し、インドネシア人の保証人からの手紙を提示することが求められます。就労ビザも最長6ヶ月まで延長できますが、同様にインドネシアに拠点を置く企業または組織からの手紙をもって、合法な理由により招聘されていることを示すことが求められます。